多賀というまち———私たちのまち
町の沿革
多賀町は、はるか昔の弥生・古墳時代には村が点在し、人々が暮らしていたことが推測される奥深い歴史をもつまちです。
近世前紀には、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などによる戦乱の舞台となるなど、さまざまな争いが起こりました。
明治維新後の明治32年、町村制の施行により、多賀・久徳・芹谷・脇ヶ畑・大滝の5カ村が発足し、昭和16年に多賀・久徳・芹谷が合併して旧多賀町が成立しました。昭和30年には脇ヶ畑・大滝と合併し、現在の多賀町が誕生しました。
地勢
湖東地域に位置する多賀町は、東西14.5㎞、南北17.5㎞、135.93㎢の総面積を誇ります。
1,000m級の鈴鹿山系や芹川・犬上川の清流などの自然に恵まれた環境で、杉・檜・松がはぐくまれ、また穀類や、そ菜類の栽培に適しています。
多賀町町民憲章
「多賀町町民憲章」からご覧ください。
多賀町町勢要覧
「多賀町町勢要覧」からご覧ください。
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最終更新日 ( 2009/09/23 水曜日 17:21:05 JST )
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